東京地方裁判所 昭和34年(ワ)10195号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と争点〕原告は長崎県福江市にある五島放送協会の記者であつたが、昭和三一年一二月二五日午前○時過頃、福江ダンス研究所パーテイーに於いて被告が騒いで会場の平穏を害したので静止を求めたところ、被告は同所から二〇〇米離れた小学校庭に原告を連行し、突然背後から飛出しナイフで原告の腰部、その他を突刺し、原告は直に同市郡家病院に入院治療をうけ、翌年四月三〇日漸く退院し、約五ケ月通院し治療の結果外傷は癒着したが、神経障害のため今なお時折臥床し、殊に右眼の視障害は強度である。原告は右の身体障害のため昭和三二年九月三日退職するの止むなきに至つた。原告は被告の不法行為のため蒙つた損害として支払つた治療費、欠勤のため受けることのできなかつた給与の賠償を求めたほか、昭和三二年一〇月から昭和三八年四月まで労働能力低下による得べかりし利益の喪失による損害として金五三万六、〇〇〇円の損害賠償を求めたが、その理由は、原告は東京でタクシ運転手をする予定だつたが前示被告の不法行為による身体の障害のため予定どおり就職をすることができず、仮に右予定が実現されたならば一ケ月約金二五、〇〇〇円の収入を得べかりしであつたのに現実の収入はこの間月平均約金一七、〇〇〇円にすぎなかつた、そこでこの差額は一ケ月八〇〇〇円であるから、その六七ケ月分として金五三六、〇〇〇円となる。とかように主張した。
被告は原告提出の甲第八、一一号証はいずれも本訴提記後証人回避の目的を以つて作成された文書であるから、証拠能力がないと主張した。
判決はみぎ書証については証拠能力を認め、得べかりし利益の喪失による損害賠償の請求については、財産権として法の保護をうける程度に確定しうべきものでないという理由で棄却した。判決はつぎのとおり説明している。
〔判決理由〕証人長井チエの証言および<中略>同第一一号証(被告等は同号証は本訴提起後証人回避のために作成されたものであるから証拠能力を欠くと主張するけれども、自由心証主義をとる現行民事訴訟制度の下では、たとえ証人回避のために作成された文書であつても当然にはその証拠能力は否定されず、その証明力の強弱の問題を生じるに止まり適法な証拠として裁判所の自由な心証形成に与り得ると解するのが相当である……。
得べかりし利益の喪失を主張して不法行為者に損失の填補を求める場合には、その利益は主観的希望に属するものではたりず、財産権として法の保護を受け得る程度に客観的に確定し得べきものであることが必要である。証人嵩則雄の証言および原告本人(第二回)尋問の結果によれば原告は前認定の甚吉の不法行為により右眼の複視(証人嵩則雄の証言はこの点についての認定にのみ用いる)傷跡の神経痛様の症状等身体に障害がおこり労働能力の低下したことが認められる、原告は右労働能力の低下がなかつたならば、タクシー運転手として一ケ月約二五、〇〇〇円の収入を得べかりしであつた旨主張するけれども、原告本人(第二回)は「まあ、タクシーなりトラツク、貨物の運転手でもやつてみようということは一応計画した………」「そんなに経験がなくても二万五千円位はもらえるんだろうという話をいなかで聞いて………。」等と述べているに止まり、結局右尋問の結果によつてはいまだ原告主張の金額を得べかりし利益と認めるに足りず、他にこれを認めるにたりる証拠もない。よつてこの点に関する原告の主張は採用できない。(石田哲一)